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「トワイライト、新版画 ―小林清親から川瀬巴水まで」展レビュー(三菱一号館美術館)――風景画の日本的解釈

この記事では、東京駅最寄りの三菱一号館美術館にて行われている「トワイライト、新版画 ―小林清親から川瀬巴水まで」展についてレビューする。

個人的には、新版画は好きなジャンルであり、とくに吉田博が好きなため、とても楽しみにしていた展覧会である。
残念ながら吉田博の作品はそれほど多くはなかったが、見応えたっぷりの大型展だ。

なお、三菱一号館美術館のアクセスや概要はこちらの記事にて紹介している。

CONTENTS

「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」展の開催概要

展覧会名トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで
開催期間2026年2月19日(木) 〜5月24日(日)
料金一般:2,300円
大学生:1,300円
高校生:1,000円
主催三菱一号館美術館、スミソニアン国立アジア美術館、朝日新聞社

スミソニアン国立アジア美術館のコレクション130点が来日展示

本展は、アメリカ・ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館内の国立アジア美術館の浮世絵・新版画・写真約130点が展示されている。
これらの浮世絵・新版画は、ロバート・O・ミュラー(1911-2003)が蒐集し寄贈したもの。
彼はディーラーとして米国に新版画を広める役割を果たした一方で、約4,500 点のコレクションを形成したという。吉田博(1876-1950)、伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)らの作品を含む新版画コレクションは世界最高峰と目されている。

「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」展の見どころ

展示構成

「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」展は、その展覧会名の通り、小林清親から川瀬巴水に至るまでの浮世絵から新版画への形成過程を辿る展示構成がとられている。
具体的には、2部構成が採用され、第1部は「小林清親と浮世絵」とし、最後の浮世絵師と言われる小林清親を出発点とし江戸後期から明治にかけての作品を紹介している。つづく第2部では、「風景版画の展開」として、チャールズ・ウィリアム・バートレット、高橋松亭、伊東深水、吉田博、川瀬巴水の作品を取り上げている。
また、当時の写真も並べた展示構成を採用しており、より解像度高くその過程を辿ることができる。

混雑状況や館内の状況

平日の日中に訪れたが、比較的混んでいるように感じた。
人気の浮世絵、かつ話題の展覧会ということもありさもありなん。といった形である。
なお、来場客の多くは高齢女性であった。友人とグループで訪れている方が多かった。
また館内は、浮世絵の特性上、照度は暗めに設定されているほか、館内の構造上、展示室が小分けになっているため、一部通路が狭いところがある。

キャプション、展示パネルは一般的な展覧会と同様に設置されているが、作品リストはウェブのみであった。個人的には紙のリストにメモを取るため、紙のリストがあるとなお良かった。

なお、館内は原則撮影NGで、第1部の一部作品においては、一室丸ごと撮影OKとされていた。

みどころ―浮世絵から新版画への発展過程における写真の存在

前述の通り、本展は浮世絵から新版画へと発展した過程を実際の作例を鑑賞品がら辿ることができる。
第1部では、小林清親の明治初期の版画を出発点に、写真の台頭により夜景表現などが模索された過程、そして日本の風景画需要の高まりなど、当時の時代背景とともに紹介されている。
小林の弟子であった、井上安治の作例や、不明の画家である小林柳村の作例などが取り上げられる。
また、明治時代に横浜を拠点に活躍したイタリア人の写真家である、アドルフォ・ファサーリの写真との比較など、当時の風景をリアルに鑑賞できる。
第1部では、とくに夜の表現に着目される。小林清親による火事場や機関車の様子、井上安治による店じまいとしている商店の夜景画など、西洋文化を取り入れることで発展した日本独自の風景版画の形成過程が興味深い。

小林安治《銀座商店夜景》

第2部では、新版画の各作家に着目していくが、新版画の特徴として、光の入り方、山脈の描き方などの稜線の捉え方が西洋的である。
とりわけ吉田博は西洋的な表現と色彩を用いた作家だろう。
一方で、こうして順に鑑賞してみると、川瀬巴水は叙情的な表現であり版画らしさを濃く残しているように思う。
余談だが、本展の最後の作品に川瀬巴水が三菱深川別邸を描いたシリーズで締めるあたりはさすがの三菱財閥という感じで思わず口元がにやけてしまった。

本展で紹介された作家はいずれも人気の作家であるため、個別で鑑賞する機会は比較的多くあるが、こうして版画の発展過程に準えて鑑賞することで、それぞれの特徴や違いを感じることができる。
浮世絵から新版画という新たなジャンルを確立する過程を大量の作品とともに辿ることのできる贅沢な展覧会だと言えるだろう。

作品紹介

ここからは、本展で筆者が良いと感じた作品を紹介する。
館内で写真が撮れたもの、撮れなかったものがあるため、一部写真がないものについては三菱一号館美術館の公式X、他館所蔵のパブリックドメインから同一作品を引用している。

No.9 小林清親《帝国議事堂炎上之図》明治24年

小林清親《帝国議事堂炎上之図》明治24年 東京都立中央図書館

1891年(明治24年)1月に東京・霞が関の第一回帝国議会議事堂が全焼した事件を描いた、大判三枚続の作例。
画面が大きく、臨場感あふれる炎の描写が生々しい。

※本展の展示画像は撮影できなかったため、同作の東京都立中央図書館のパブリックドメインとなった画像を掲載している。

No.14 小林清親《江戸橋夕暮冨士》明治12年

江戸橋の夕暮れ風景を描いた作例。
前景にはちまきを巻いた人物の影、後景にぼんやりと霞む富士山のシルエットが描かれており、その対比が美しい。空は青が配されている。

No.16 小林清親《高輪牛町朧月景》明治12年

機関車の煙の赤い炎の表現、雲間からわずかに覗く青空、水平線と雲間の淡い夕暮れ、どこを切り取っても美しい色彩と表現がされた作品。
本展では、この作品を用いて多くのグッズ展開も行われている。

No.18 小林清親《御伯橋之図》明治12–14年頃

パブリックドメインより引用

雷の表現が特徴的な作例。雨の描写が細かく施されていることが、家屋の影の部分から見てて取れる。

No.29 小林清親《新橋ステンション》明治14年

小林清親《新橋ステンション》明治14年 東京都立図書館

本作は、小林清親の代表作。
文明開化の象徴である新橋駅の夜景を描いた光線画だ。西洋の陰影法を取り入れ、ガス灯の光や影、雨の描写を通して、近代化する東京の情景を情緒的に表現した傑作。
近代化、国際化していく当時の日本の状況を生々しく、生活に根付いた様子で描いた作例。
画像は東京都立図書館のパブリックドメインを引用したが、本展展示の作品はより赤みがかった色彩が配色されている。

No.93 高橋松亭《お茶の水》明治42–大正5年

画面右上部から左下にかけて描かれた雨風の表現、人物描写などが近代的に描かれている印象を受ける作例。

No.108 伊東深水《近江八景 粟津》大正6年

独特な松の表現が個性を感じる作例。画面全体を通して牧歌的であり、後景の雲や山並みの表現は西洋的な要素を感じさせる。

No.132 川瀬巴水《東京十二題 夜の新川》大正8年

『東京十二題』は、巴水が1919年から1921年にかけて制作した連作木版画。関東大震災前の東京の風景を、郷愁を誘う優しい視点で切り取った12点の作品群であり、巴水の初期の代表作として知られている。
本作は夜の蔵とそこから漏れ出る光の対比が印象的な作例。
個人的はまるで絵本のような印象を受ける。

No.133 川瀬巴水《東京十二題 大根がし》大正9年

No.132と同様、『東京十二題』からの作例。特徴的な川の水面表現と、石造りの家屋の表現に目を惹かれた。
東京での川沿いの暮らしというと、現在の下町方面の暮らしだろうか。

その他

その他、撮影OKの作品のうち個人的に良いと思った作例を紹介する。

小林清親《神田川夕景》明治14年
小林清親《明治十四年二月十一日夜大火 久松町にて見る出火》明治14年頃
小林清親《武蔵百景之内 江戸ばしより日本橋の景》明治17年
小林清親《浅草蔵前夏夜》明治14年
小林清親《大川岸一之橋遠景》明治13年

本展は総作品数150点と見応えのある展示となっている。
「最後の浮世絵師」と言われた小林清親の光線画確立までの挑戦から大正、昭和の風景を叙情的に描いた川瀬巴水の新版画に至るまで、その過程をたっぷりを味合うことができる。
また、風景画の鑑賞を通して、日本の近代化や当時の風俗を垣間見ることができることも魅力のひとつであると言えるだろう。

明治初期に浮世絵を起点としてはじまった風景画の発展は、浮世絵の近代化と西洋風景画(landscape painting)の日本的解釈への試みとも言える。本展は、その潮流を膨大な作品を通して体感できる貴重な展覧会である。
会期は5月24日まで。まだの方はぜひ。

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東京都出身
学士(芸術)修士(芸術)学芸員資格
専門は戦後美術
東京を中心とした美術館レビューのほか、興味関心の赴くままに自由につぶやきます。

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